第9回(2018年度)経済理論学会奨励賞

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今回の奨励賞の選考対象となった著作は,『季刊経済理論』に掲載された論文を含め,著書と論文合計12点であった。第9回経済理論学会奨励賞選考委員会は,慎重な審議のうえ,下記の著作が奨励賞に値するという結論に至り, 2018年10月12日に立命館大学で開催された本年度第3回幹事会に, 選考経過と選定理由を付してその旨を報告した。幹事会はこれを承認し, 以下の会員に本学会奨励賞を授与することに決定した。この選考結果は, 翌10月13日に開かれた会員総会で石倉雅男選考委員長によって公表され, 総会後, 引き続きおこなわれた授賞式で, 賞状と副賞が河村哲二代表幹事から受賞者に手渡された。

 

李 幇喜(Li Bangxi)会員の著作
Linear Theory of Fixed Capital and China’s Economy: Marx, Sraffa and Okishio, Springer Singapore, March 2017.

 

【選定理由】

 李 幇喜会員の著作では,中古固定資本を結合生産物と捉えて固定資本経済を分析する線型経済理論が,新しい角度から再検討され,論争点が解明されている。さらに,本書で得られた新しい分析手法を応用して,最近30年余りにわたる中国経済の成長過程における固定資本の役割をめぐる実証分析と政策評価が行われている。
 理論面での本書の貢献は,以下の通りである。
 第1に,中古固定資本のみが結合生産される生産価格体系に関して,体系の係数行列を,正則変換を通じて,新品の固定資本に関わる区画と,新品固定資本と中古固定資本の価格比率に関わる区画へ分解する新しい分析手法が示された。
 第2に,減価償却の再投資による固定資本の更新動学について,固有値問題の角度から再検討され,山田欽一・山田克巳両氏の研究における高階差分方程式の随伴行列がマルコフ過程の性質を持つこと,および,固定資本の更新過程が耐用年数にのみ依存することが示された。
 第3に,マルクス・スラッファ型モデルにおける生産価格均衡の性質について,固有値問題の角度から再検討された。本書では,ムーア・ペンローズの擬似逆行列を用いて,商品の種類よりも生産工程数のほうが多い矩形の産出行列と投入行列から,正方行列の体系を作れば,その体系の固有値と固有ベクトルから,年齢別固定資本も含む諸商品の生産価格と利潤率を計算できることが示された。
 第4に,中古固定資本の結合生産を含む線型経済モデルの応用として,固定資本の経済的耐用年数を内生的に決定する論理が明らかにされた。
 実証面での本書の貢献は,以下の通りである。
 第1に,中国の固定資本粗投資行列と産業連関表から限界固定資本係数を推計し,1987,1990,1992,1995,1997,2000年の中国経済における賃金利潤曲線が推計された。その結果,短期の最大利潤率と長期の潜在成長率の低下,最大実質賃金率の上昇,長期的な利潤率の低下などの傾向が確認された。
 第2に,中国経済における固定資本係数の推計を踏まえて,生産価格・価値比率と資本の有機的構成との相関関係についての実証分析が行われた。生産価格・価値比率の部門別順位に対して固定資本・労働比率の順位は,資本の有機的構成の順位に比べて,より強い相関関係を示すことが確認された。
 第3に,固定資本経済の実証分析を応用して,経済計画の目標と実績について分析された。本書では,6部門に統合された中国の産業連関表に基づいて,1996年から2000年までの計画期間における固定資本,原材料,消費財の部門別産出量の最適解と実績値が推計され,固定資本への投資は適切に管理されたが,原材料の産出量は最適成長経路を上回り,消費財の産出量は最適経路を下回ったことが示された。また,1987年から2007年までの生産財部門と消費財部門の産出量が推計され,実際の成長経路がターンパイク成長経路を追跡するように推移したことが示された。
 以上のように本書では,マルクスの経済理論を基礎としつつ,スラッファと置塩・中谷両氏の研究成果が的確に理解されたうえで,固定資本経済の線型経済理論を,行列の固有値問題の角度から展開するための理論体系が構築された。さらに本書では,固定資本粗投資行列と産業連関表などの統計資料と,理論モデルを用いて,固定資本を含む経済の実態が分析され,経済計画における目標と実績の評価が行われた。本書は,政治経済学の理論的・実証的研究に取り組む人々によって検討されるべき,重要な業績である。
 本書で残された課題も少なくない。第1に,固定資本経済に関する本書の分析枠組みと,剰余価値を利潤の源泉と捉えるマルクスの経済理論との整合性については,より詳細に検討すべきである。第2に,経済計画の目標と実績を評価するさいに,1人あたり消費の拡大という観点のみから政策目標を設定できるどうか,いっそうの検討が求められる。これらの問題にも著者が取り組まれることを期待したい。

 

2018年10月13日

経済理論学会代表幹事:河村哲二

第9回経済理論学会奨励賞選考委員会:
石倉雅男(委員長),大野 隆,坂口明義,清水真志,大黒弘慈,芳賀健一