経済学の領域における批判的な成果を国際的なレベルで顕彰するために、Routledge社と協力して英文書を対象にした図書賞(Book Prize)です。経済学の世界ではノーベル経済学賞が有名ですが、その選考・授賞は欧米のアカデミズム主流に偏ったものになっています。最近では日本でも新古典派的な経済学が「国際標準」であると語る経済学者が幅をきかしています。この国際賞は、そうした風潮に抗して、マルクス経済学、ポスト・ケインジアン経済学、その他すべての異端派経済学を含む経済学(ポリティカル・エコノミー)における成果を全世界に示すことによって、経済学の新しい発展の方向を切り開こうとするものです。
第12回(2025年度)経済理論学会ラウトレッジ国際賞
国際賞選考委員会 委員長:田中英明
委員:黒瀬一弘 関根順一 松尾匡 森本壮亮
授賞者:スティーブン・A・マーグリン(Stephen A. Marglin)氏
授賞対象図書:
・Stephen A. Marglin, Growth, Distribution, and Prices. Harvard University Press. 1984
・Stephen A. Marglin, Juliet B. Schor ed. The Golden Age of Capitalism: Reinterpreting the Postwar Experience. Clarendon Press. 1990. (磯谷明徳、植村博恭、海老塚明監訳 『資本主義の黄金時代 マルクスとケインズを超えて』東洋経済新報社、1993年)
授賞理由
スティーブン・A・マーグリン氏は、ハーバード大学経済学部ウォルター・S・バーカ ー講座担当教授である。1959年にハーバード大学経済学部を卒業し、1965年から同大学 の教員となり、1967年にはハーバード大学史上最年少でテニュアを取得するなど、新古典派経済学者として注目を集める存在であった。その後、S.ボールズや青木昌彦らとの交流や共同研究を通じて、正統派の経済学への批判を含むラディカルな研究を展開するようになり、以下のように多様な分野で成果を生み出している。
Growth, Distribution, and Prices は、マクロ経済学(政治経済学)の主要潮流を、ネオ・ クラシカル、ネオ・マルクシアン、ネオ・ケインジアンの3つとみなして、それらを共通 のレオンチェフ型の生産モデルのもとで比較検討した書である。ネオ・クラシカルにおいては、個人の効用最大化行動によって、財市場、労働市場、資本市場において価格機構を介した需給の調整がおこなわれ、そのもとで均衡的成長経路と所得分配が決まる。ネオ・ マルクシアンにおいては、資本・労働の階級的対抗関係に注目して、労働者の「生存賃金」 を与件として搾取率が利潤率を規定する。ネオ・ケインジアンにおいては、期待利潤率に 対応した資本家の投資決定と貯蓄が、資本・労働間の分配関係と経済成長率を規定する。 その際、貯蓄と投資決定が一致するとは限らないので、資本主義経済の本質的な特性を示すものとして不均衡過程の動態分析が必要になる。
この書は、新古典派主流の経済分析によっては不可能な資本主義の経済学的分析の理論 的構図を得ることを目的としていて、進むべき方向としてネオ・ケインジアンとネオ・マルクシアンの両アプローチの統合を示唆していた。本書ではこの統合は十分に実現された とは言えないが、本書の各章でおこなわれた理論的検討は、それまでに経済学アカデミズ ム内で開発された多くの理論を現実の資本主義の経済分析に援用する可能性を示したも のとして、多くの批判的経済学者に影響を与え、米国での急進派経済学の登場、全世界での政治経済学の再興に貢献した。S.ボールズなどの「労働抽出」論、R.ボワイエなどの マクロ成長モデル、さらにマーグリン氏自身の成長レジーム論などである。その成果のいくつかは、邦訳『資本主義の黄金時代』も存在する1990年の共編著 The Golden Age of Capitalism に現れている。この書では、マーグリン氏自身が第1章「概論」で1950-60年代の米国を先頭にした先進資本主義諸国で収益性と賃金上昇を両立させた持続的な経済 成長期の経済を政治経済学的に分析する理論構図を示し、さらにA.バドゥリと共著の第 4章でこの「黄金時代」を終焉させた「利潤圧縮」を「成長レジーム」論を構成して分析している。「成長レジーム」論を開拓したいわゆるマーグリン-バドゥリ型投資関数を組み込んだモデルは非主流派経済学の代表的なマクロモデルに発展し、賃金主導型/利潤主導型成長に関する多くの理論的・実証的研究を生み出し、所得分配と経済成長に関する理解 を深めるのに貢献している。
なお、近年の Raising Keynes: A Twenty-First-Century General Theory. Harvard University Press. 2021でも、完全予見を取り入れてバージョンアップした新古典派の均衡経済学に対抗し、過剰決定のもとでの動態分析によって、とくに投資と公共支出を軸とし た新しい経済政策を基礎づけることが意図されている。
また、マーグリン氏はもともと開発経済学の研究者で、A.センなどと共同して開発プロ ジェクトの評価などを研究していたが、1970年前後から、人間行動を効用最大化的な合理性によって説明しようとする経済学の思考法に対する公然たる批判者となった。1971- 74年に公表した論文 'What Do Bosses Do?: The Origins and Functions of Hierarchy in Capitalist Production', Review of Radical Political Economics, Vol.6, No.2,は、従来、技術的 ・経済的効率性の視点から理解されていた資本主義的な工場制度の成立を、生産過程における労働者の主体性を剥奪して経営者の支配権を確立することに求め、経済史・経営史 を含む多くの研究者によって現在でも読み継がれている。
1990年代以降は、国連大学 WIDER に拠った Frédérique Apffel-Marglin と協働して、文化人類学的な知見やポスト・コロニアリズム的な視点をとりいれた研究をおこない、 The Dismal Science: How Thinking Like an Economist Undermines Community, Harvard University Press. 2008などの、経済学者の「常識」や思考様式に対する痛烈な攻撃もおこなっている。ハーバード大学では、そこでおこなわれているメインコースの授業に対抗して、批判的な経済学のコースを提供し続けた。今回の授賞対象図書のような理論的業績だ けでなく、通有の「経済学」的思考に対する批判的態度を一貫して維持したことも、評価できる。
以上のことから、本委員会は、マーグリン氏に国際賞を授与することを決定する。
代表幹事 後藤康夫
はじめに
2022年度幹事会は,ラウトレッジ社との国際賞契約(期間5年)を,2022年末に更新するにあたって,二つの課題(A:国際賞の意義と成果の確認点,B:選考方法や記念講演の改善点)について議論した結果,第7回幹事会(2023年1月21日)において,以下の事項を確認しました。
したがいまして,第10回(2023年度)以後,経済理論学会ラウトレッジ国際賞は,この実施要項の改正に基づいて行われることになります。
I 国際賞契約更新にあたっての確認事項
[課題A:国際賞の意義と成果]
国際賞の目的(契約書でいえば3点:①ポリティカル・エコノミーの国際的な推進においてJSPEが積極的な役割を発揮する。② JSPE会員による研究成果の英語発表・出版の推奨。③主流派のノーベル賞に匹敵する賞を目指す)から期待される意義は大きいが,9回までの成果は未だ初期段階に留まる。契約更新にあたっては,実施要項の改善が求められる。
[課題B:選考方法や記念講演の改善点(実施要項の改正)]
S1 選考対象と賞の性格
現行の規定「国際賞は経済学(ポリティカル・エコノミー)における顕著な功績で過去四半世紀の期間に英文図書になった本に基づいて現存の経済学者に与えられる“lifetime achievement award” 」から,「過去四半世紀の期間」は削除し,他方,“lifetime achievement”は,奨励賞との性格の違いを表す必要から残す。公刊期間と年齢は不問とする。
S2 選考方法
① 国際賞推薦審査委員会の設置
これまでは,会員が一件推薦することができ,この推薦に基づき選考委員会が審査し決定してきたが,2022年度は推薦なしの事態となった。会員からの推薦なしの事態を防ぎ,選考委員の負担を軽減するため,新たに「国際賞推薦審査委員会」を設置する。
任期:3年(再任を妨げない)。
任務:候補者3名以内を推薦・審査し,審査報告書を選考委員会に提出する。
委員:当面5名(俯瞰的識見を有する会員。今後,歴代授賞者などが考えられる)。
磯谷明徳,植村博恭,河村哲二,八木紀一郎(委員長),横川信治(五十音順)
*推薦権は引き続き会員にあり,推薦書を提出することができる。
② 選考委員会
提出された審査報告書をもとに,1名に絞り込む。
S3 受賞記念講演
年次大会(あるいは適当な機会)に,開催校と協議し,行う(オンラインも可)。
II 新たな推薦依頼文
2014年にRoutledge社と協力して英文図書を対象にした図書賞を設けました。本国際賞は,マルクス経済学,ポスト・ケインジアン経済学,その他すべての非主流派経済学を含む経済学(ポリティカル・エコノミー)における成果を全世界に示すことによって,経済学の新しい発展の方向を切り開こうとするものです。国際賞は経済学(ポリティカル・エコノミー)における顕著な功績で英文図書になった本に基づいて現存の経済学者に与えられる“lifetimeachievement award”です。
特別会員(overseas academic advisers)を含む経済理論学会会員が,1件を推薦できます。推薦書はこちらからダウンロードし,必要事項を記入して,jspe_rlprize_review@googlegroups.com にお送りください。郵送の場合は,下記の書式に従って推薦書を作成し,学会本部事務局までお送りください。
*締め切り:2025年5月7日(水)必着。
候補者名:名前,所属,住所・メールアドレス
推薦図書:Title, Publisher, Published Year
推薦図書の概要
推薦理由・理論的意義
推薦者名:名前,所属,住所・メールアドレス