経済学の領域における批判的な成果を国際的なレベルで顕彰するために、Routledge社と協力して英文書を対象にした図書賞(Book Prize)です。経済学の世界ではノーベル経済学賞が有名ですが、その選考・授賞は欧米のアカデミズム主流に偏ったものになっています。最近では日本でも新古典派的な経済学が「国際標準」であると語る経済学者が幅をきかしています。この国際賞は、そうした風潮に抗して、マルクス経済学、ポスト・ケインジアン経済学、その他すべての異端派経済学を含む経済学(ポリティカル・エコノミー)における成果を全世界に示すことによって、経済学の新しい発展の方向を切り開こうとするものです。
第13回(2026年度)経済理論学会ラウトレッジ国際賞
国際賞選考委員会 委員長:田中英明
委員:大屋定晴
黒瀬一弘
関根順一
松尾匡
森本壮亮
受賞者:ベルトラム・シェフォールト(Bertram Schefold)氏
対象図書:
Mr. Sraffa on Joint Production and Other Essays. Unwin Hyman. 1989.
Normal Prices, Technical Change and Accumulation. Macmillan/St. Martin’s Press, 1997.
授賞理由
ベルトラム・シェフォールト氏は、バーゼル大学およびケンブリッジ大学において経済学を学び、ケンブリッジ大学ではピエロ・スラッファやルイジ・パシネッティの薫陶を受けた人物である。氏はスラッファの『商品による商品の生産』における結合生産体系を発展させた学位論文により、1971年にPh.D.を取得した。1974年からはフランクフルトのゲーテ大学で教鞭を執り、現在は同大学名誉教授である。氏は現在も研究活動を活発に続けているが、スラッファ派としての理論面における主要な貢献は、今回の授賞図書である上記2冊に集成されていると言える。
1989年刊行のMr. Sraffa on Joint Production and Other Essaysのコア部分である第2部は氏の学位論文に基づいている。氏は、結合生産体系においては、非負の価格・数量の存在や標準商品の構成可能性などが単一生産物体系と同一の条件のもとでは成立しないことを示し、そのうえでall-productive systemやall-engaging systemなどの概念を導入することにより、価格・数量体系が経済学的意味をもって成立しうる条件を数理的に明らかにした。また、年齢の異なる機械とその残存価値・中古機械価格を伴う結合生産体系を分析し、旧機械の価格が負になる場合には、経済的に存続しえない工程を「截頭(truncation)」することによって、経済的に採用可能な耐用年数と意味のある価格体系が成立する条件を示した。こうした概念・分析手法を駆使し、固定資本を含む成長経済における価格・数量、所得分配および技術選択、截頭などを分析した。
1997年刊行のNormal Prices, Technical Change and Accumulationは、前著以降の理論的探究を集成した、書き下ろし論文を含む論文集である。「単一生産物体系の属性を有する多数生産物技術」、「結合生産体系における支配的技術」、「フォン・ノイマンとスラッファ」、「固定資本体系における日付のある労働への還元、迂回工程および技術転換」、「固定資本の截頭問題」、「産出構成の変化について」など、多岐にわたる理論的問題が取り上げられている。これらを通じて、1989年の著作で展開された議論がさらに深化されるとともに、技術進歩や環境問題など新しい問題にも分析の射程が広げられている。なかでも特筆すべきは、第18章「古典派理論と異時点間均衡」である。氏は、それまで主として古典派的な長期定常均衡のもとで検討されてきた技術の再転換(reswitching of technique)や資本逆行(capital-reversing)などの逆説的現象が、新古典派的な異時点間均衡の枠組みにおいても生じうることを示した。これは、ケンブリッジ資本論争において提起された資本集計と技術選択をめぐる問題が、長期定常価格体系-氏の用語では長期正常価格体系-に固有の問題ではないことを明らかにした点で、重要な理論的貢献である。
また、両著は結合生産をはじめとする理論研究にとどまらず、古典派、ワルラス、マルクス、シュンペーター、マーシャル、フォン・ノイマン、ケインズおよび新古典派理論をめぐる経済学史・経済思想史上の考察も含んでいる。このことは、理論研究と経済学史・経済思想史研究とを長期にわたって並行して展開してきた氏の研究方針をよく示している。
以上を総合すると、氏の両著は、スラッファが提起した結合生産をはじめとする諸問題を体系的に発展させ、固定資本、経済的耐用年数、技術の再転換、資本逆行などについて、一般化された生産体系のもとでその成立条件と理論的含意を明らかにしたものである。氏の体系的かつ精緻な結合生産分析は、単一生産体系を中心として展開されてきた生産理論の射程を大きく拡張する重要な貢献である。さらに、ケンブリッジ資本論争において、主として長期定常均衡の枠組みのもとで論じられてきた技術の再転換や資本逆行の問題を、異時点間均衡の枠組みにおいて改めて検討したこともまた、氏の重要な理論的功績である。これらの成果を集成した両著は、長年にわたる氏の理論研究の集大成であるとともに、異端派経済学における氏の顕著な貢献を代表する著作として高く評価される。
シェフォールト氏は、上記2著作の刊行後も、非主流派経済学の理論的発展に関する研究を精力的に続けている。氏はマルクスの価値論を生産と分配を基礎とする古典派理論の一典型として捉えており、新MEGA(マルクス・エンゲルス全集)の再出発以来、その学術顧問の1人として刊行事業を一貫して支援してきた。新MEGAが2004年に『資本論』第3巻の草稿を公刊した際には、同草稿の理論領域についての論争史を含む浩瀚な「序論」を執筆した。さらに2016年には、いわゆる「価値の価格への転化」問題について、投入行列がランダム行列で表され、労働価値論が「平均的」に成立するならば、「総利潤は総剰余価値に平均で等しい」という命題が成立することを論じ、「転形問題」に新たな論点を提示した(Cambridge Journal of Economics、2016、vol. 40、 pp. 165–199)。氏は、この問題をさらに発展させ、2018年12月に本学会が主導して開催した「マルクス生誕200周年国際会議」において発表を行った。この論文をめぐっては、本学会員も参加した氏とのワークショップにおいて活発な討論が行われた(Evolutionary and Institutional Economics Review、2019、vol. 16、 pp. 261–302; Evolutionary and Institutional Economics Review、 2021、vol. 18、 pp. 317–334)。こうしたマルクス経済学に関する一連の業績もまた、氏が長年にわたって展開してきた異端派経済研究の重要な一部をなすものであり、上記2著に集約された理論的業績と合わせて、氏の学問的貢献の広がりと持続性を示すものである。これらの卓越した学術的業績は、本国際賞が顕彰するlifetime achievementにまさしくふさわしいものである。
以上のことから、本委員会はシェフォールト氏に国際賞を授与することを決定する。
第13回(2026年度)経済理論学会ラウトレッジ国際賞について
国際賞選考委員会
委員長・代表幹事 田中英明
第13回経済理論学会ラウトレッジ国際賞は,2022年末に更新されたラウトレッジ社との国際賞契約と,2022年度および2025年度幹事会における確認(国際賞の意義,選考方法や記念講演,共同授賞の可能性)に基づいて実施されます。
I 賞の性格と選考対象
経済理論学会ラウトレッジ国際賞は,その目的(①ポリティカル・エコノミーの国際的な推進においてJSPEが積極的な役割を発揮する。② JSPE会員による研究成果の英語発表・出版の推奨。③主流派のノーベル賞に匹敵する賞を目指す)に基づき,
「経済学(ポリティカル・エコノミー)における顕著な功績で英文図書になった本に基づいて現存の経済学者に与えられる“lifetime achievement award” 」
として受賞者を選考して顕彰します。なお,2023年度以降は「過去四半世紀の期間に」という公刊時期の規定が削除されています。また共著書も選考対象となりえますが,共同授賞については“lifetime achievement award”という本国際賞の性格から判断されます。
Ⅱ 選考方法と記念講演
経済理論学会会員からの推薦に基づき,国際賞選考委員会(代表幹事を委員長とし,幹事で構成される)で選考します。被推薦者のいない事態を避けることと,選考委員の負担の軽減のために,2023年度に国際賞推薦審査委員会(俯瞰的識見を有する会員から幹事会が委嘱)が設置されました。
①会員からの推薦
下記および『季刊経済理論』(63巻1号)に掲載の「推薦依頼」により,経済理論学会会員の推薦を求めます。
②国際賞推薦審査委員会による推薦・審査
会員からの推薦を対象に-選考委員会と協議し必要性が認められた場合には推薦審査委員会からの推薦も加え-審査し,授賞候補を3件以内とする審査報告書を選考委員会に提出します。なお,選考委員(1名)が推薦審査委員会に加わり,両委員会の連携と情報共有のもとに審査を進めます。
③国際賞選考委員会による選考
提出された審査報告書をもとに,受賞者を決定します。
④受賞記念講演
年次大会(あるいは適当な機会)において,大会組織委員会が国際交流委員会の協力のもとに受賞者による記念講演(オンライン方式も可)を企画・実施します。
Ⅲ 推薦依頼
2014年にRoutledge社と協力して英文図書を対象にした図書賞を設けました。本国際賞は,マルクス経済学,ポスト・ケインジアン経済学,その他すべての非主流派経済学を含む経済学(ポリティカル・エコノミー)における成果を全世界に示すことによって,経済学の新しい発展の方向を切り開こうとするものです。本国際賞は経済学(ポリティカル・エコノミー)における顕著な功績で英文図書になった本に基づいて現存の経済学者に与えられる“lifetime achievement award”です。
共著の英文図書も推薦できます。また,それに基づき複数の経済学者を候補者とすることも認められます。ただし,選考は“lifetime achievement award”という本国際賞の性格に基づくため,共著者がそのまま共同授賞の対象となるとは限りません。
特別会員(overseas academic advisers)を含む経済理論学会会員が,1件を推薦できます。推薦書を下からダウンロードし, 必要事項を記入したうえで,jspe_rlprize_review(at)googlegroups.com にお送りください。郵送の場合は,下記の書式に従って推薦書を作成し,学会本部事務局までお送りください。
*締め切り:2026年5月7日(木)必着
1, 候補者名:名前,所属,住所・メールアドレス
2. 推薦図書:Title, Publisher, Published Year
3, 推薦図書の概要
4. 推薦理由・理論的意義
5. 推薦者名:名前,所属,住所・メールアドレス
↓ 推薦書のダウンロードはこちらから
第12回(2025年度)経済理論学会ラウトレッジ国際賞
国際賞選考委員会 委員長:田中英明
委員:黒瀬一弘 関根順一 松尾匡 森本壮亮
受賞者:スティーブン・A・マーグリン(Stephen A. Marglin)氏
対象図書:
・Stephen A. Marglin, Growth, Distribution, and Prices. Harvard University Press. 1984
・Stephen A. Marglin, Juliet B. Schor ed. The Golden Age of Capitalism: Reinterpreting the Postwar Experience. Clarendon Press. 1990. (磯谷明徳、植村博恭、海老塚明監訳 『資本主義の黄金時代 マルクスとケインズを超えて』東洋経済新報社、1993年)
授賞理由
スティーブン・A・マーグリン氏は、ハーバード大学経済学部ウォルター・S・バーカ ー講座担当教授である。1959年にハーバード大学経済学部を卒業し、1965年から同大学 の教員となり、1967年にはハーバード大学史上最年少でテニュアを取得するなど、新古典派経済学者として注目を集める存在であった。その後、S.ボールズや青木昌彦らとの交流や共同研究を通じて、正統派の経済学への批判を含むラディカルな研究を展開するようになり、以下のように多様な分野で成果を生み出している。
Growth, Distribution, and Prices は、マクロ経済学(政治経済学)の主要潮流を、ネオ・ クラシカル、ネオ・マルクシアン、ネオ・ケインジアンの3つとみなして、それらを共通 のレオンチェフ型の生産モデルのもとで比較検討した書である。ネオ・クラシカルにおいては、個人の効用最大化行動によって、財市場、労働市場、資本市場において価格機構を介した需給の調整がおこなわれ、そのもとで均衡的成長経路と所得分配が決まる。ネオ・ マルクシアンにおいては、資本・労働の階級的対抗関係に注目して、労働者の「生存賃金」 を与件として搾取率が利潤率を規定する。ネオ・ケインジアンにおいては、期待利潤率に 対応した資本家の投資決定と貯蓄が、資本・労働間の分配関係と経済成長率を規定する。 その際、貯蓄と投資決定が一致するとは限らないので、資本主義経済の本質的な特性を示すものとして不均衡過程の動態分析が必要になる。
この書は、新古典派主流の経済分析によっては不可能な資本主義の経済学的分析の理論 的構図を得ることを目的としていて、進むべき方向としてネオ・ケインジアンとネオ・マルクシアンの両アプローチの統合を示唆していた。本書ではこの統合は十分に実現された とは言えないが、本書の各章でおこなわれた理論的検討は、それまでに経済学アカデミズ ム内で開発された多くの理論を現実の資本主義の経済分析に援用する可能性を示したも のとして、多くの批判的経済学者に影響を与え、米国での急進派経済学の登場、全世界での政治経済学の再興に貢献した。S.ボールズなどの「労働抽出」論、R.ボワイエなどの マクロ成長モデル、さらにマーグリン氏自身の成長レジーム論などである。その成果のいくつかは、邦訳『資本主義の黄金時代』も存在する1990年の共編著 The Golden Age of Capitalism に現れている。この書では、マーグリン氏自身が第1章「概論」で1950-60年代の米国を先頭にした先進資本主義諸国で収益性と賃金上昇を両立させた持続的な経済 成長期の経済を政治経済学的に分析する理論構図を示し、さらにA.バドゥリと共著の第 4章でこの「黄金時代」を終焉させた「利潤圧縮」を「成長レジーム」論を構成して分析している。「成長レジーム」論を開拓したいわゆるマーグリン-バドゥリ型投資関数を組み込んだモデルは非主流派経済学の代表的なマクロモデルに発展し、賃金主導型/利潤主導型成長に関する多くの理論的・実証的研究を生み出し、所得分配と経済成長に関する理解 を深めるのに貢献している。
なお、近年の Raising Keynes: A Twenty-First-Century General Theory. Harvard University Press. 2021でも、完全予見を取り入れてバージョンアップした新古典派の均衡経済学に対抗し、過剰決定のもとでの動態分析によって、とくに投資と公共支出を軸とし た新しい経済政策を基礎づけることが意図されている。
また、マーグリン氏はもともと開発経済学の研究者で、A.センなどと共同して開発プロ ジェクトの評価などを研究していたが、1970年前後から、人間行動を効用最大化的な合理性によって説明しようとする経済学の思考法に対する公然たる批判者となった。1971- 74年に公表した論文 'What Do Bosses Do?: The Origins and Functions of Hierarchy in Capitalist Production', Review of Radical Political Economics, Vol.6, No.2,は、従来、技術的 ・経済的効率性の視点から理解されていた資本主義的な工場制度の成立を、生産過程における労働者の主体性を剥奪して経営者の支配権を確立することに求め、経済史・経営史 を含む多くの研究者によって現在でも読み継がれている。
1990年代以降は、国連大学 WIDER に拠った Frédérique Apffel-Marglin と協働して、文化人類学的な知見やポスト・コロニアリズム的な視点をとりいれた研究をおこない、 The Dismal Science: How Thinking Like an Economist Undermines Community, Harvard University Press. 2008などの、経済学者の「常識」や思考様式に対する痛烈な攻撃もおこなっている。ハーバード大学では、そこでおこなわれているメインコースの授業に対抗して、批判的な経済学のコースを提供し続けた。今回の授賞対象図書のような理論的業績だ けでなく、通有の「経済学」的思考に対する批判的態度を一貫して維持したことも、評価できる。
以上のことから、本委員会は、マーグリン氏に国際賞を授与することを決定する。