第15回(2024年度)経済理論学会奨励賞
第15回経済理論学会奨励賞選考委員会
新田滋(委員長)、佐々木隆治、清水真志、薗田竜之介、山下裕歩、渡邉敏生
今回は会員からの推薦著書が1点、規則第5条(2)に該当する『季刊 経済理論』掲載の論文が5点、合計6点を選考対象とした。奨励賞選考委員会は慎重な審議の結果、下記の著作が奨励賞に値するという結論に至り、2024年9月13日に開催された本年度第3回幹事会に、選考経過と選定理由を付してその旨を報告した。幹事会はこれを承認し、以下の会員に本学会奨励賞を授与することに決定した。この選考結果は、9月14日に開かれた会員総会で選考委員より公表され、総会後、引き続きおこなわれた授賞式で、賞状と副賞が後藤康夫代表幹事より受賞者に手渡された。
隅田聡一郎会員の著作
『国家に抗するマルクス』堀之内出版、2023年6月
選定理由
本書では、マルクスの国家論やアソシエーション論などについて、「政治の他律性」を一貫性のある鍵概念として堅持した考究が行われている。1980年代以降、特に日本においては忘れ去られていたマルクス主義国家論を再び研究課題として取り上げるにあたって、マルクス主義国家論にかかわる膨大な欧米文献や近年のMEGA研究の成果が参照された労作となっている。以上の理由から選考委員会は、隅田会員の著作は奨励賞に値すると判断した。なお、本書はすでに韓国語訳、英語訳がなされるなど国際的にも評価されているものである。
本書の第1章・第2章では、1970年代の西ドイツにおける「国家導出論争」を引き継ぎ発展させ、膨大な欧米文献を渉猟したうえで、鋭利なマルクス解釈が提示されている。
第3章・第4章では、商品、貨幣、資本といった経済的形態規定と、それに対応する物象の人格化が必然的に帯びる法フェティシズムとしての法=権利形態、それが客体的な思考形態となった法イデオロギーによって形成される近代資本主義国家の政治的形態として、ゴルトシャイトによる近代国家とはそれ自体としては所有財産をもたずに租税を貨幣で徴収する無産国家であるとする理論的規定が、国家導出論争を踏まえたうえでとらえなおされる。それにより、無産国家としての近代国家による資本主義的蓄積過程にたいする介入能力は、経済的形態規定を前提とした事後的介入とならざるをえないなどの限界があることが指摘される。
第5章では、ゲルステンベルガーの議論にもとづき、ブルジョワ国家は資本主義国家とは起源を異にし、中世以来の西ヨーロッパ独自の文脈で形成された政治制度であることが明らかにされる。そのため、今日のいわゆる権威主義国家体制も近代資本主義国家とは異なる異質なシステムとして理解するのではなく、それ自体が資本主義国家という政治的形態規定をもつものであることが指摘される。
第6章では、20世紀の福祉国家を社会国家と捉え、社会国家には脱商品化としての側面があったことに着目し、アソシエートされた生産関係を基礎とした「社会主義デモクラシー」の可能性が展望される。
第7章では、現存の諸国家システムも資本主義世界システムが既存の世界システムの展開の帰結として歴史的に受け取ったものであり、自らの矛盾を媒介する制度として活用してきたのだとする。それゆえ、諸国家システムという制度的媒介が「資本の帝国」の政治的機能を常に果たしうるわけではないとされる。
第8章では、アソシエートされた生産関係を基礎とした「社会主義デモクラシー」の可能性についての検討がなされている。
しかし、本書で残された課題も少なくない。近代国家の政治的形態の解明を『資本論』体系全体の経済的形態規定に即するかたちで行うべきだったのではないかなど、全体的に理論的テーゼが十分に明確ではないという点で不満が残るところもある。また、政治の他律性、資本主義の経済的形態規定と政治的形態規定、社会主義デモクラシーなどの実質的内容にどれほどの新奇性があるのか、さらにマルクスにおける立憲主義(=権力分立論)の欠如の問題にコミューンないしアソシエーションを対置すれば事足りるのかなど、かつて日本でも議論されてきた様々な蓄積との対質についても十分とはいいがたいものがある。以上の課題については、今後のさらなる研究の進展を期待したい。