第16回(2025年度)経済理論学会奨励賞選考結果
第16回経済理論学会奨励賞選考委員会
山下裕歩(委員長)、阿部太郎、柏崎正憲、清水真志、宮嵜晃臣、渡邉敏生
今回は会員からの推薦著書が3点、規則第5条(2)に該当する『季刊 経済理論』掲載論文が4点、合計7点を選考対象とした。奨励賞選考委員会は、2025年6月27日(金)に第1回会議を開催し、第1次選考の担当割当を決定した。2025年8月22日(金)に第2回会議を開催し、第1次選考を行った。その結果、対象著作が1本に絞られた。2025年10月3日(金)に開催した第3回会議では、選考委員の全員が審査に当たる第2次選考(最終選考)が行われ、慎重な審議の結果、下記の著作が奨励賞に値するという結論に至った。
高晨曦会員の著作
『サービス論争の300年:欲求の視点に基づく一般理論の提案』、九州大学出版会、2023年10月
選定理由
本書は,経済の「サービス化」を分析する上での理論的課題とその解決方法とを明らかにするというテーマに一貫して取り組んだものであり,古典的サービスから現代の「サービス」への歴史的移行の背後に,直接的欲求を中心とする共同体=団体的欲求体制が崩壊し,代わって社会的欲求を中心とする資本主義的欲求体制が成立するという歴史的移行があったとする認識が示される。マルクスの理論体系に欲求体制という概念を巧みに組み込むことで,いかに資本が人間の物質的欲求を支配し,条件づけているかを説明する理論を構築している。本書は,マルクスの価値理論および労働の資本への包摂の理論を駆使しながら,生産と欲求との支配関係の逆転を描き出すことで,この歴史的移行を,その適用範囲を慎重に見定めた史的唯物論によって説明してみせる。また,本書ではこの理論展開が,経済学のみならず歴史学・社会学・人類学まで先行研究を広く渉猟し,マルクスやスミス,ウェーバー,ガルブレイス,マルクーゼ等の古典的著作を逐次引用しながら,それらを有機的・統一的に関連させる中で行われており,学説史の総合的理解をももたらすものである。欲求体制の歴史性を議論の根底に置くこと,そして資本主義的欲求体制が資本の価値増殖の必要に従属する形で,資本によって内生的・意図的に作り出されたものであるとの主張は,主流派経済学の超歴史的選好・効用理論に対する批判的経済学としての本書の独自性・優越性を示すものである。資本主義は剰余価値の際限ない搾取のために,労働者の労働力供給意欲を高め,大量消費社会を導かなければならない。本書では,資本による欲求「創出」および「操作」機能が経済の「サービス化」に帰結する過程と力学が解明される。
一方で,本書に欠点がないわけではない。サービス産業を扱った先行研究と比べたとき,本著の新規性・貢献がどこにあり,それがどの程度なのかが必ずしも明確ではないところがある。また,本書はこのような大部の書物なのであるから,索引は是非つけるべきであった。
このような欠点はあるものの,それが本書の価値を本質的に失わせるのもではなく,テーマの一貫性と視点の豊富さとを兼ね備えたスケールの大きい労作であり,今後の研究に大きな刺激を与えるものであると評価できる。よって,選考委員は一致して,本書が経済理論学会奨励賞にふさわしいものと思料する。