John E. Roemer, A General Theory of Exploitation and Class. Harvard University Press, 1982.
John E. Roemer, Analytical Foundations of Marxian Economic Theory. Cambridge University Press.1981.
John E. Roemer, Free to Lose. Harvard University Press. 1988.
John E. Roemer, A Future for Socialism. Harvard University Press. 1994. (伊藤誠訳『これからの社会主義―市場社会主義の可能性―』、青木書店、1997年)
John E. Roemer, Theories of Distributive Justice. Harvard University Press. 1996.(木谷忍・川本隆史訳『分配的正義の理論―経済学と倫理学との対話』、木鐸社、2001年)
John E. Roemer, How we Cooperate: A Theory of Kantian Optimization. Yale University Press. 2019.
ジョン・E・ローマー氏は、現在はYale大学のPolitical Science and Economics部門のElizabeth S. and A. Varick Stout Professorである。授賞対象図書である A General Theory of Exploitation and Class (以下GTECと略)が出版された1982年には、University of California, Davis の教授であった。氏は、ハーバード大学、UC Berkeleyで数学を研究したあと、ベトナム反戦運動にかかわるなかで経済学に専攻を替え、1974年に経済学で博士学位を得た。GTECを含む彼の初期(1980年代)の著作は、マルクス主義と社会主義を理論的にいかに再生させるかという意図に貫かれている。GTECを執筆していた時期に、後に「分析的マルクス主義」とよばれるようになるグループに加わり、そのグループ内でマルクス主義の経済理論を批判的に検討する中心になった。
GTECが対象とするのは、「搾取」と「階級」というマルクス主義の基本概念であった。ローマー氏は、その際、従来のマルクス主義者のように歴史的唯物論にしたがって資本主義的な生産関係のなかに両者を位置づけるのではなく、両概念を論理・数理的に再構成するという方法をとった。具体的には、剰余労働の搾取―生産者の得る報酬(生産物)に含まれる労働量が、彼/彼女がおこなった労働量より少なくなること-が資本主義以外の社会でも成立することを示し、普遍的な命題として、当初に与えられた所有の不平等な配分状況が各人の生産関係における位置と「搾取」の有無を決定するという「階級搾取対応原理(Class Exploitation Correspondence Principle: CECP)」を提出した。
氏の論証は、新古典派一般均衡分析の手法にならって、与えられた生産技術のもとで効用最大化をはかる経済主体の合理的行動の結果として生じる経済状態(再生産可能解)を探るというもので、従来のマルクス経済学の数理化を革新するものであった。洗練された新古典派的論証によっても「搾取」が構成できることを示したことは、それ自体大きな貢献である。「搾取」の根源が生産過程における支配関係にあるのではなく、出発点における希少な生産財の不平等な所有関係にあるという氏の見解は、生産における支配・従属を重視する論者との論争を呼んだ。しかし、現実の「搾取」の分析において生産過程における支配関係が重要な意味をもつのは当然であるので、総合的な分析構図を発展させることが批判的な経済学の発展にとって望まれる。
氏はGTEC以降も、数々の業績を残しているが、そのうち2著が日本で翻訳出版されている。一つは本賞の第2回受賞者である伊藤誠氏の手になる『これからの社会主義』(青木書店1997年。原著は A Future for Socialism, 1994)であり、いま一つは木谷忍・川本隆史両氏による『分配的正義の理論』(木鐸社2001年。原著はTheories of Distributive Justice, 1996)である。
両著が代表している社会主義と倫理学(分配的正義)の問題は、GTEC以来のローマー氏の二大テーマである。GTECのイントロダクションでローマー氏は、マルクス主義と社会主義の危機が同書執筆の動機であったことを語っている。GTECでは、生産手段が社会化された「社会主義」においても、「地位(status)」の差異による「社会主義的搾取」を想定できるとしている。旧共産圏諸国で苛烈であった実質的な不平等と抑圧を回避できる社会主義の構想がなければ、社会主義思想は再生できない、というのが氏の思いだった。
GTECで「搾取」の根源が不平等な所有の分配にあると論じたローマー氏は、邦訳された1994年著で、その所有権(株式)を購入するクーポンが国民に平等に分配された企業からなる市場社会主義を提案し、その作動メカニズムを考察している。現在では、氏の社会主義論は、社会主義経済の運営を支える協同倫理の考察にまで及んでいる。
『分配的正義の理論』では、J.ロールズ、J.ハーサニ、A.セン以降の厚生経済学と倫理学の交流的発展をふまえて「厚生の平等」「資源の平等」「機会の平等」を分析的に検討している。これは一般向けの書とはいいがたいが、この学際的領域に進む研究者にとって、有益な著作であろう。ローマー氏は、そのなかでR.ノージックなどの自由主義者による自己所有権による平等批判に対して、それが自分の決定により事態を左右しうる「(個人)責任」の範囲を超えて、所与の資産配分(「運」による不平等)を正当化していると反論している。これがCECPの系論であることは明らかである。
近年のローマー氏は、社会主義における協同問題だけでなく、環境問題などへの対処における協同の問題に対して、「利他主義」の一方的要請ではなく、他者と同一の基準で自己を律する「カント主義」的な行動原理が有益であることを精力的に論じている。(How We Cooperate, 2019など)この行動原理に基づいた最適化は、パレート最適を保証している。それは、他者を顧みないナッシュ的行動原理が唯一妥当な経済原理であるかのように洗脳されかけている現代の経済学界を鋭く打つものである。
1980年代以来の氏の「生涯にわたる成果」(lifetime achievement)が批判的な政治経済学の発展にとってきわめて高い価値をもっていることは明らかである。
したがって、本委員会は、同氏に国際賞を授与することを決定する。