第3回経済理論学会奨励賞

 今回の選考対象著作は、『季刊経済理論』掲載の17論文を含め合計20点であった。第3回経済理論学会奨励賞選考委員会は、慎重に選考を進めた結果、次の2会員の著作が奨励賞授賞に値すると結論し、2012年10月5日の幹事会で選考経過を報告するとともにこの選考結果とその選定理由を具申した。幹事会はそれを承認し、第3回経済理論学会奨励賞を下記2会員の著作に与えることを決定した。翌6日の会員総会で青才高志選考委員長が選考結果を公表し、総会後ひきつづきおこなわれた授賞式で、代表幹事が両会員に賞状と副賞を手渡した。

・佐々木啓明(ささき・ひろあき)会員の著作

"Cyclical growth in a Goodwin-Kalecki-Marx model"(Journal of Economics, 28 March 2012, ISSN: 1617-7134 (electronic version), Springer所収)


・林公則(はやし・きみのり)会員の著作

『軍事環境問題の政治経済学』(日本経済評論社、2011年9月) (50音順に記載)

 それぞれの著作が奨励賞に値すると判断した理由を以下に述べる。

 佐々木会員の著作は、非線形動学分析を用いた不均衡マクロ動学の国際的水準にある理論研究である。資本主義経済のダイナミクスに関し、これまで恐慌論・景気循環論という形で膨大な研究が積み重ねられてきたが、本論文も、こうした流れの中に位置づけられる。佐々木会員は、稼働率、利潤シェア、雇用率の3変数から構成される、コンプリートな不均衡マクロ動学モデルを展開している。本モデルは、(1)雇用率と所得分配の動学という点でグッドウィン的要素を、(2)貯蓄から独立した投資関数とマークアップ価格設定という点でカレツキ的要素を、(3)「産業予備軍効果」・「産業予備軍創出効果」という点でマルクス的要素を統合した、極めて独創的なものである。グッドウィン・モデルは、財市場の均衡、設備の正常稼働が仮定され、労働市場にのみ不均衡要素(労使対立のモデル化)があり、カレツキ・モデルは、労働の無制限供給、労働生産性所与のモデルであるのに対し、佐々木会員は、雇用率の上昇故の利潤シェア低下により企業が労働節約的な技術変化を要請される効果を「産業予備軍創出効果」と呼び、技術変化を内生化している。また、閉軌道の存在、すなわち、永続的な循環運動があるパラメータの範囲内で内生的に生ずることを論証している。さらに、安定的な長期均衡が利潤主導型の成長レジームに対応しているならば労働者の交渉力の増大が失業率を引き上げること、賃金主導型の成長レジームに対応しているならば労働者の交渉力の増大が失業率を引き下げることなどを論証している。本論文は、財市場・労働市場の不均衡、過剰能力の存在さらには技術変化の内生化を組み込み、より現実の資本主義経済の運動に近づけるようにモデルを展開し、規則的循環の発生を示している点に、大きな理論的貢献がある。先行研究を丁寧に渉猟し、適切にテーマ化し、モデルを手際よく分析している点も、本論文の優れた点である。本論文では<産業予備軍>概念が重要なキーワードになっているが、マルクス派の研究成果を踏まえつつ、豊穣な理論研究を進めていくことを期待したい。

 林会員の著作は、環境問題を軍事問題と結びつけて本格的に考察した極めて独創的な労作である。林会員は、軍事は基本的には人間および環境の破壊を主目的としているという点に、他の産業公害や公共事業に伴う環境破壊などとは異なる軍事環境問題の特質があるとしている。そして、軍事による環境破壊は、平時においては、実戦のための訓練に見られるように軍事基地問題として現出しているとした上で、本書では、特に、(1)横田基地の軍用機騒音問題、(2)チチハル、横田基地の軍事基地汚染問題、(3)沖縄における、汚染の除去、基地依存経済からの脱却が問題となる軍事基地跡地利用などについて、手堅い実証分析を行っている。林会員がいうように、軍事による環境破壊の主体は国家であり、そして、その情報は秘匿されやすい。本書で、米情報自由法の活用によりこれまで秘匿されていた横田基地汚染の実態を明らかにしていることを含め、詳細なデータ、現地調査に基づき軍事環境問題の実態を解明している点は高く評価される。また、林会員は、軍用機騒音・基地汚染・基地跡地利用に関し、在日米軍基地と米国内基地の双方を詳細に分析し、その相違、「差別性」を明らかにし、例えば、米国のBRAC(軍事基地再編・閉鎖)における基地汚染の除去が持つ日本の基地問題へのインプリケーションなどを論じている。米国BRAC、日本の沖縄駐留軍用地返還特別措置法等に関連し、具体的な対策・政策の提言を行っている点も本書の魅力の一つである。さらに、先行研究からも学びつつ、「軍事の公共性から環境の公共性へ」、「軍事による国家安全保障から環境による人間の安全保障へ」等、公共性概念、安全保障概念に対する批判的な問題提起を行っている。本書は、軍事によってもたらされる環境破壊という従来ほとんど取り上げられなかった領域に関する独創性のある研究成果であり、学会や平和運動に貢献するものと判断される。また、本書の展開は、原子力発電がその本性上軍事と関連する面を持つことを考える時、放射能除染、原発稼働停止後の原発依存的な経済からの脱却による地域経済の再生など、原発問題に対しても重要な示唆を与えるものと思われる。今後、軍事と環境は優れて国家に関連してくる問題であるが故に国家論のさらなる展開を、そして、原発問題なども射程に入れた研究を期待したい。

経済理論学会代表幹事 八木紀一郎