経済学分野の教育「参照基準」策定についての要望書

 

日本学術会議経済学委員会 

            樋口美雄委員長 殿

経済学委員会経済学分野の参照基準検討分科会

            岩本康志委員長 殿

 私たちは、貴委員会が分科会を設けて経済学分野の教育質保証にかかわる参照基準の作成にあたっていることについて大きな関心をもっています。私たちは、この分科会の審議の進行状況について現在私たちが知り得た情報によって、貴委員会に対して、以下のような憂慮をともなう見解を伝える必要があると判断しました。貴委員会および担当分科会においてこの点について考慮して策定作業にあたっていただけるよう要望します。

1.自主性・多様性を尊重し、画一化・標準化の促進を避けること

 経済学は思想および政策の要素を含む社会科学であり、その研究のみならず教育においても、研究者・教育者・学習者の自主性・多様性を尊重し、思考の画一化・標準化を可能なかぎり回避するというのが原則である。経済学分野の参照基準においても、この原則を承認し、この参照基準が経済学教育における標準化のモデルとして受け取られないようにする配慮が必要である。

2.ミクロ、マクロ的視角とともに政治経済学的な視角を経済学教育のなかに位置づけること

 現代の市場経済にともなう多くの問題がその資本主義的な特性に結びついているという認識は、近代の経済学がPolitical Economyとして成立して以来、経済学にとって不可欠な要素であり、多くの偉大な経済学者がそれを探求してきた。経済学の教育においても、経済問題・社会問題と経済の資本主義的特性の関連に注目する政治経済学的な視角が、経済現象のミクロ的分析、マクロ的把握と並んで、重要な基礎的な視点として位置づけられるべきである。また、経済学・経済思想の発展のなかでの政治経済学的な遺産に対して教育上、適切な位置づけが与えられるべきである。

3.総合的視野の重要性と経済学的分析に対する自省

 経済学は抽象的・形式的な選択の科学ではなく、どのような経済主体(個人・企業・政府など)の選択も、歴史的背景、地域・文化的特性、制度的・政治的影響のもとにおける選択である。したがって、経済学においては、隣接分野の諸学にも開かれた総合的な視野が必要である。数理的その他の形式的分析の意義は否定され得ないが、その現実的な妥当性について自省心をもちながらそれを用いることによって、市民社会における協働を可能とする態度を醸成する必要がある。

2013年10月5日 

経済理論学会幹事会