Diane Elson

授賞対象著書

Male Bias in the Development Process (Contemporary Issues in Development Studies), Manchester and New York, Manchester University Press, 1991.

The Feminist Economics of Trade (edited with Irene van Staveren, Caren Grown and Nilüfer Cağatay), London and New York, Routledge, 2007.

授賞理由

ダイアン・エルソン氏(現エセックス大学名誉教授)は,グローバル化、多国籍企業、国際貿易、マクロ経済政策、開発、人権とジェンダー平等の関連についての研究の第一人者である。フェミニスト経済学の創設・発展のために尽力し、UNIFEM、UNDPなどの国連機関の委員・顧問を務め、2016年にはレオンチェフ賞を受賞するなど、世界的に高い評価を得ている。

同氏は、マルクス理論における価値論、労働論の造詣が深く、フェミニスト経済学における、独自の無償労働論、ケア経済などに関する理論的基礎を築いてきた。また、ジェンダー秩序がもたらす社会経済的インパクトに関する、該博な知識と統計資料、綿密な現状分析を駆使した研究は,政治経済学、開発研究、人権問題などの多岐にわたる分野に新たな視座を与えており、経済社会とジェンダーに関する先端的な研究を、半世紀近くにわたって行っている。

同氏による、ジェンダー関係が経済成長や開発に与える影響、とりわけ、現代の資本と労働力の国際移動をふくむグローバル化にもたらす政治経済的効果の研究は、その後のジェンダーと社会経済学・開発研究に多大な影響を与えてきた。近年では、さらに先進諸国のマクロ経済政策、とくに財政政策に対するジェンダー分析を行っており、財政緊縮政策、税優遇政策のもたらすジェンダー非対称的効果の分析において優れた成果をあげている。同氏の著作は膨大であり、テーマも多岐にわたるが、本選考委員会では、ジェンダーと開発および国際貿易に対する中心著作の二書を受賞対象として選出した。

受賞対象の二書のうち、Male bias in the development process(1995)は、1980年代以降、輸出志向型成長戦略をとる途上国政府が設置する輸出加工区で、海外直接投資を行う多国籍企業、および現地下請け企業による現地労働力充当において、当該社会の家父長制的ジェンダー秩序が、輸出志向型成長の基礎となっていることを理論化した書として、現在においても、東南アジア、南アジア、アフリカ、ラテン・アメリカの開発経済とジェンダー関係に関する基礎理論となっている。同書は、Male bias(男性偏重)を、当該社会の家父長制的ジェンダー秩序と適合・適応しつつ企業組織内部で作用する「企業における男性偏重」として概念化し、開発過程に与える影響を分析している。Male biasを伴う開発過程は、とりわけ労働集約型産業において、当該社会のジェンダー秩序と同調しつつ女性労働力就労を促進する一方で、Male biasによる雇用慣行上の制限を加えながら、輸出志向型産業の世界市場向け商品生産における不可視化された競争力を与える基本関係となっていることが分析されている。氏の分析は、「市場による差別的雇用主の淘汰」を中心とする新古典派理論に対する批判を通じ、フェミニスト経済学が、新古典派批判の経済学として成立し、かつ、ジェンダー平等、人権への配慮を経済学内部の問題として扱うことを可能とした。

第二の授賞対象であるThe Feminist Economics of Trade(2007)は、80年代、90年代における国際経済におけるジェンダー分析を発展させ、フェミニスト経済学の立場をより明確にした書である。本書で、同氏は、主流派、異端派経済学における国際貿易理論を比較検討し、新古典派完全競争概念を批判する一方、競争条件の絶対的優位性に着目する異端派経済学による比較優位説批判を再評価し、国際競争力と社会的諸環境との関係の重要性を強調した。とりわけ労働力は、一般商品とは異なり、単位当たり労働コスト低減への積極的競争が行われるため、資本主義は労働力再生産コストの外部化を指向し、経済成長と社会的再生産との間には、基本的な矛盾が存在する。それゆえ、競争優位の獲得は、労働力再生産コストの負担を担うジェンダー化された社会的プロセスを含むものなる。こうした関係により、ジェンダー・ギャップが、無償のケア経済における社会的に構築された分業の諸結果であることを解明した。

以上ダイアン・エルソン氏は、経済成長、開発、国際貿易に対するジェンダー分析をとおしフェミニスト経済学を新古典派批判の経済学として成立させ発展させてきた。上記著作は、いずれも同氏の研究を代表するものとして、経済理論学会ラウトレッジ国際賞の受賞に値するものと評価できる。