Duncan K. Foley
Duncan K. Foley
授賞者:Duncan K. Foley
授賞対象図書:
Understanding Capital: Marx’s Economic Theory. Cambridge MA: Harvard University Press, 1986.(邦訳:竹田茂夫/原伸子訳『資本論を理解する』法政大学出版局、1990年)
Money, Accumulation, and Crisis. New York: Harwood Academic Publishers, 1986. (邦訳:竹田茂夫/原伸子訳「貨幣・蓄積・恐慌」、前掲書訳書に第II 部として収録)
関連図書:
Coa. Thomas R. Michl. Growth and Distribution. Cambridge MA: Harvard University Press, 1999. (佐藤良一・笠松学監訳 D. K.フォーリー/ T. R.マイクル『成長と分配』日本経済評論社、2002年)
Adam’s Fallacy: A Guide to Economic Theology. Cambridge MA: Belknap Press, 2008.(亀崎澄夫・佐藤滋正・中川栄治訳『アダム・スミスの誤謬-経済神学への手引き―』ナカニシヤ、2011年)
授賞理由:
ダンカン・K・フォーリー氏は,1942年6月に米国オハイオ州に生まれ,イエール大学でHerbert Scarfのもとに数理経済学を学び,1967年に一般均衡論の視点から公債問題をとりあつかった論文で博士学位を得た。その後,MIT,スタンフォード大学をへて,コロンビア大学バーナード・カレッジでテニュアを得た。1999年にThe New School UniversityのLeo Model 経済学講座教授に就任し,現在はそのProfessor Emeritusである。また,2010年までSanta Fe InstituteのExternal Staff Memberでもあった。
フォーリー氏は,一般均衡分析によるマクロ経済学のミクロ的基礎付けをはかった1970年代初頭の著作のようにアカデミズム主流からも評価されている業績のある経済学者である。当時の著作には邦訳されているものもある(Coa. Miguel Sidrauski, Monetary and Fiscal Policy in a Growing Economy, 1971,邦訳『財政金融政策と経済成長』1974年)。また中期以降は統計的均衡という視点を導入するとともに,複雑系やエージェントベースモデリングの研究を支持してその方面でも業績を生み出している。しかし,アカデミズムの範囲を超えて影響を与えたのは,本賞への推薦者の多数が挙げたUnderstanding Capital: Marx’s Economic Theory (1986) (邦訳『資本論を理解する』1990年)である。
これは1986年に公刊されているが,その発端は1970年前後のヴェトナム反戦闘争の高まりのなかでの若い世代の経済学者のマルクス再発見にあった。フォーリー氏自身がいくつかの回想で証言しているように,もともとは主流派経済学のなかにいたフォーリー氏にとっては,マルクスの思想と理論を理解するには多くの人のアドバイスと長い時間の探求が必要であった。表題におけるUnderstanding(理解する)という言葉は,著者自身の主体的な「理解」の仕方を示すという意味が込められているのであろう。
この著作は,一方ではマルクスの経済理論(『資本論』)にたいする「一般的な入門書」として広く受容されたが,他方ではそれに盛り込まれたマクロ的な価格・(労働)価値の対応論を基礎にしたいわゆる「(価値から生産価格への)転化問題」への「新しい解法(New Solution)」,あるいは「新しい解釈(New Interpretation)」を示すことによって,マルクスの経済理論の研究者の中に,現在にまで続く一連の議論を生み出した。
フォーリー氏の労働価値説は,一国の生産的労働の総量とその国の経済の付加価値の総体を等値するマクロ的な対応関係を想定することで成り立っている。したがって,貨幣額表示の後者を労働時間表示の前者で除したものが「貨幣の価値」になる。「労働力の価値」も,労働力を再生産するために必要な消費財に投下されている労働量ではなく,賃金を上記の「貨幣の価値」を用いて変換して得られる労働量になる。1時間あたりの平均賃金でいえば,それは労働分配率に等しい。このような理解にたてば,「価値の生産価格への転化」においてこれまで両立困難とされた,<総労働価値=総生産物価格>,<総剰余価値=総利潤>という2命題が両立可能であることが「新解法」と称された理由である。
この「解法」については,一方では,マルクス経済学の諸命題を現行の社会会計統計に適合させた点で評価する見解があるが,他方では,総投下労働量=総付加価値(貨幣表示)というマクロ的な命題の同義反復にすぎないという批判がある。肯定的な評価の側では,(労働)価値と価格の二重の体系ではない「単一体系」のなかに調整や時間を取り入れて動態的に発展させることの是非をめぐる論争が継続している。他方,生産における投入・産出関係を基礎にした「投下労働価値」論を正しいとする側からは,これまでの数理マルクス経済学の成果と齟齬が起こることから,多くの批判がおこなわれている。
フォーリー氏のマルクス経済学論を評価する際には,I・ルービンの貨幣論に触発された価値論(価値の実体としての抽象的人間労働を貨幣流通による抽象化から捉える),および主流派に属していた時期以来のストック・フロー視点をもった循環・回転論的な資本認識を無視することはできない。それは,「一般的な入門書」にとどまるUnderstanding Capitalでは必ずしも十分に示されていないが,同年に刊行された Money, Accumulation and Crisisでその構図を知ることができる。したがって,この書も推薦審査にあたっての評価対象に加えるのが適当である。
この書は,貨幣需要を資本循環の内部から捉えるというケインズ=マルクス的な視点のもとに,資本の循環・回転分析の発展可能性を示している。資本の循環・回転を,性急に資本の再生産構造に集約してしまうのではなく,資本(企業)の行動(雇用,生産調整,マークアップ)や金融的な危機とその調整過程も含めた動態分析に進む構図が提示されている。資本の循環・回転の過程の中で,それぞれの経済主体の独自の利害と行動を取り入れた過程分析を発展させるならば,この書が示唆するように,インフレーションや恐慌,さらには財政・金融政策を含む政治経済学が可能になるであろう。フォーリー氏はこの方面で,さらにいくつかの論文を公表しているが,それらを発展・集約した本格的著作がないのが残念である,しかし,これは「単一体系」にまで発展した「新解法」同様,後進への課題の示唆としてうけとめるべきであろう。
フォーリー氏には,1986年に公表されたこの2著のほかに,日本語に訳されている2著,T. R. Michl氏との共著Growth and Distribution, 1999(日本語版『成長と分配』2002年),Adam’s Fallacy: A Guide to Economic Theology, 2006(日本語版『アダム・スミスの誤謬』2011年),などの著作がある。前者は,成長論・分配論の領域において主流派だけでなく非主流の経済学者の所説も加えてバランスよく配置した教科書であり,後者はアダム・スミス以来の経済学が調和的・現状肯定に傾くことを鋭く剔抉しながら経済思想史の概略を示した好著である。両者の教育的価値は疑えないが,オリジナルな研究書とはいえないので,評価の対象とはしなかった。
1995年にNew Schoolに移って以降のフォーリー氏は,経済の金融化にともなう格差拡大の問題や,地球温暖化などの現代的問題を取り上げるようになった。前者においては,肥大化する金融所得や不生産的労働の拡大が「グローバルな剰余価値のプール」の搾取の上に成立しているという批判的視点が貫かれている。また,後者においてはCO2排出の外部性を解消することは,現在世代と将来世代の双方に有利になる合意として実現可能であるのに,政治的誤解がその実現を妨げていると批判している。資本主義に対する批判的な立場を貫きながら,人類の未来に対する理性的な信頼を維持した経済学者の警世的な見解というべきであろう。
以上概観したフォーリー氏の生涯にわたる研究活動をふまえ,そのうちで特に批判的な政治経済学に貢献し,論争を含む刺激を与えたという意味で重要な1986年の二著,Understanding Capital および Money, Accumulation and Crisis を授賞対象書として著者Duncan K. Foley氏に,経済理論学会国際賞(JSPE Routledge International Book Prize)を与えるべきであると結論する。