James Crotty

The Intellectual Odyssey of James R. Crotty: From the War on Vietnam to the Critique of Financialized Global Capitalism

Gary Dymski氏 [University of Leeds, UK]による,経済理論学会第69回大会特別講演(2021年10月16日)

授賞対象著書

Crotty, J. Capitalism, Macroeconomics and Reality: Understanding Globalization, Financialization, Competition and Crisis, Edward Elgar, Cheltenham and Northampton, 2017.

授賞参考著書:Crotty, J. Keynes Against Capitalism: His Economic Case for Liberal Socialism, Routledge, London and New York, 2019.

授賞理由

 受賞者ジェームズ・クロッティ氏は、1973年にカーネギー・メロン大学でPh.D.の学位を取得した後に、1960年後半から70年代における欧米マルクス・ルネサンスの中でアメリカ・ラディカル政治経済学の拠点の1つとなったマサチューセッツ大学アマースト校に1974年に移って以降、一貫して同大学において研究・教育活動に従事してきた。現在はマサチューセッツ大学名誉教授、同校政治経済学研究所(PERI)上級研究員(senior research fellow)の職にある。授賞対象著書はCrotty, J. Capitalism, Macroeconomics and Reality: Understanding Globalization, Financialization, Competition and Crisis, Edward Elgar, Cheltenham and Northampton, 2017である。なおCrotty, J. Keynes Against Capitalism: His Economic Case for Liberal Socialism, Routledge, London and New York, 2019は、本国際賞授賞に際しての参考著書である。

 クロッティ氏の研究テーマは、マクロ経済理論と政策、マルクス理論、ケインズ理論とポスト・ケインズ派理論、投資理論、経済学方法論、グローバル経済、金融市場、金融不安定性と金融危機、韓国経済の分析と多岐にわたる。クロッティ氏は米国におけるポスト・ケインズ派経済学者を代表する1人と目されるが、現在のポスト・ケインズ派経済学者の多くが分配と成長の理論モデルの精緻化とモデル分析から得られた諸結果の実証的検証という研究領域に新たな方向性を見出そうとしているのに対して、同氏は一貫してマルクス的伝統とケインズ的伝統の補完的な分析力の統合を試みることを追求してきたという点で特異な存在のポスト・ケインズ派経済学者である。

本国際賞の授賞対象著書は、全5部15章からなるが、マルクス、シュンペーター、そしてケインズの「精神」でマクロ経済理論と政策を論ずるという一貫した姿勢のもとで編まれている。各章の元となっている論文のほとんどが1990年代から2000年代に公表されたものであり、本書は、著者の長年にわたる研究の諸成果と考察を集約するものである。

 なかでも、本書における著者独自の貢献として、2つの点を挙げることができる。第1は「方法論が重要だ」という主張である。本書において議論の俎上にのせられるのがM・フリードマンの実証経済学の方法論である。フリードマンの実証主義は予測以外のあらゆる理論の妥当性の検証を拒否するのだから、市場が効率的な否かという検証は想定した理論モデルが正しいか間違っているかという検証と本質的に区別できないという「結合仮説問題」や「デュエム=クワイン命題」として知られる理論の決定不全性についても、そもそも問題となりえない。したがって、その実証主義とは科学的な主張とは言えず単なるイデオロギーに過ぎないとされる。

 この点で氏が強調するのは仮定の現実性が重要だとするケインズへの回帰である。鍵となるのはケインズの根本的不確実性、すなわち「われわれは単に知らないのだ」という想定である。その上で、確率分布を知りうる「リスク」の想定をケインズの言う「不確実性」の想定に置きかえることが、われわれの金融市場の本質に関する理解を根本的に変えると主張する。まさしく仮定の現実性こそが現実的な理論と有効な政策の実施のための必要条件であることを強調している。この主張は、本書の通奏低音をなしており、2008年のグローバル金融危機の分析や新自由主義的な資本主義がもたらす危機的傾向の説明に際しても繰り返し強調される。

 第2は、本書で示された1980年代以降の現代アメリカ資本主義の分析に見られる著者独自の貢献である。リーマン・ショックに端を発する2008年金融危機の主要な原因は、巨大投資銀行におけるボーナス主導の報酬制度にあるという主張は斬新である。ボーナスに動機づけられた主要な意思決定者たちによる金融企業は、上位従業員たちを金持ちにし、株主価値を破壊し、金融システムそのものを脅かすシステミック・リスクを生み出したとする。こうした金融企業では、その経営トップたちに過度のリスク・テイクと過度のレバレッジを採用させる負の効果、いわゆるエントレンチメント効果が作用していたということである。その一方で、非金融大企業では、新自由主的なグローバリゼーションの進展のもとでの競争の激化による低利潤、強制投資、これが産業の過剰能力を生み出し、さらに債務の増加に直面することになる。加えて金融市場の規制緩和がこれらの企業の事業計画視野の短期化を強制するようになり、こうした要因が米国の非金融企業が効果的に運営されることを不可能にした。これらに対処するには、社会に埋め込まれた経済制度と政府に誘導された経済成長の新たなモデルが不可欠であるというのがクロッティ氏の診断である。そして2008年の金融危機を契機に世界各国で発動された逆進的な緊縮政策は、社会民主主義を破壊することを計画する一方的な階級的争いであったと喝破する。

 むろん、本授賞対象著書において示される洞察は、以上の2つの点にとどまらない。本書には、現代の政治経済学者にとって有益な数多くの洞察が含まれている。クロッティ氏によって示されるそうした洞察は、ケインズ的な知的伝統とマルクス的な知的伝統に絶えず立ち戻ることによって導かれている。本書冒頭の序論では、本書が伝える13の理論命題が提示されている。それらはいずれも現代の政治経済学が取り組むべき理論的な課題である。とりわけ、クロッティ氏は、政治経済学の目的を、「世界を理解するだけでなく、政治的、経済的、社会的な介入を通じてより良い世界に変えることである」と述べている。こうした研究目的にそった氏の研究は、幅広く後進研究者に大きな影響を与えてきたが、授賞対象の本書は、この目的を達成すべく編まれたものであり、氏の長年の研究成果を集大成する一書である。以上の理由により、本書に集約されている氏の研究業績は、経済理論学会ラウトリッジ国際賞の授賞に最もふさわしいものと判断される。