第12回奨励賞

 今回の選考対象著作は『季刊 経済理論』掲載の論文を含め、著書と論文合計12点であった。第12回経済理論学会奨励賞選考委員会は、慎重な審議のうえ、下記2名の著作が奨励賞に値するという結論に至り、2021年9月11日に開催された本年度第3回幹事会に、選考経過と選定理由を付してその旨を報告した。幹事会はこれを承認し、以下2名の会員に本学会奨励賞を授与することに決定した。この選考結果は、10月16日に開かれた第12回経済理論学会奨励賞授与式で大西広委員長によって公表され、賞状と副賞が河村哲二代表幹事から受賞者に贈られることとなった。

田添篤史会員の著作

投下労働量からの日本経済分析』(花伝社2021年3月)

柴田努会員の著作

企業支配の政治経済学』(日本経済評論社2020年11月)

選定理由

 田添篤史会員の著書は,投下労働量の意味,搾取の第一定義,日本経済を例に構造変化や金融化といった現実的問題を踏まえ,資本主義の歴史的役割を論じたものである。本書は全12章,3部から構成される。第1部では,本書全体の分析を貫く投下労働量の必要性とモデルが紹介され,第2部では搾取や剰余労働の定義とその日本経済への応用が試みられる。第3部は,金融化と所得・資産収益格差を題材に日本経済を分析する。

従来のマルクス経済学の研究は,労働価値論や資本論など経済学批判の解釈をはじめ,概念の整理やそれに基づく理論の精緻化に大きく貢献してきた。他方で,本書は,置塩をはじめとする先行研究の成果を整理しつつ,投下労働量から価値論を基礎づけ,これを産業連関から算出される賃金率,利潤率,雇用の変化,さらには金融化や格差問題といった現実経済の解明へと応用する。また,これらを実証的に研究することで,理論の部分で検討された定理の妥当性を検証するなど,理論と実証の総合化が試みられる。

このように本書の大きな貢献は,投下労働量という歴史通貫的視点から現実の経済現象を包括的に解明したところにある。その際,著者は生産理論や数理マルクス経済学の研究だけでなく,ポスト・ケインズ派やレギュラシオン派といった現代の政治経済学の諸派の研究も視野に収めた幅広い研究を展開していることも特筆に値する。こうした姿勢は狭義の経済理論だけでなく,総合学会としての経済理論の確立を目指す本学会の趣旨からしても奨励賞に値すると判断した。

柴田努会員の著書は、企業における経営者支配の構造変化を、機関投資家等の株主との権力関係の変化や、賃金や雇用の質などの労働者への影響に焦点を当て分析した力作である。本書は7つの章で構成され、経営者支配論の原点となっているバーリ&ミーンズ説の再検討とそれをふまえた機関投資家支配論の批判的検討に続き、1980年代以降のアメリカおよび2000年以降の日本の株主配分の増加が分析されている。

本書は、バーリ&ミーンズの主張がコミュニティの利益を優先させるための経営者権力に対する法的・社会的な規制にあることを明らかにし、そうした理念がニューディール政策として体現された1930年代以降の企業経営のあり方を「社会的規制に基づく経営者支配」に規定されているとみる。そして、1980年代以降には規制緩和により経営者の権力はむしろ強まっており、その規制緩和が経済の金融化を背景としているために、労働者を犠牲にした株主配分の増加という企業行動の変化を招いているとする「経済の金融化のもとでの経営者支配」という新しい視座を提示している。

このように本書は、株式会社論、企業統治論の主要な先行研究をフォローしつつ、アメリカと日本の事例に基づく分析を織り交ぜ、特に「制度」の影響に重点を置き、制度の変化と経営者権力の高まりとの関係性が徹密に示されるなど、問題意識とともに研究手法としても、本学会の奨励賞にふさわしい総合的かつ冒険的な研究であると判断した。

第12回経済理論学会奨励賞選考委員会:

大西広(委員長)、田中英明、西洋、平野健、結城剛志、吉田博之