第2回経済理論学会奨励賞

 第2回経済理論学会奨励賞選考委員会は、『季刊経済理論』掲載の18論文を含む20点の選考対象著作を検討し、

・厳 成男(げん・せいなん:YAN Chengnan)会員の著作『中国の経済発展と制度変化』(書籍、京都大学学術出版会、2011年)

・清水真志(しみず・まさし)会員の著作「『商品経済の物神崇拝的性格』をめぐって(1)〜(3)」(論文、『専修経済学論集』第44巻第1号、同第2号、同第3号、2009年〜2010年)

の2点(50音順)を授賞候補著作として選定し、2011年9月16日、経過報告書および授賞理由書をそえて幹事会に具申した。幹事会は、経過報告、授賞理由を承認し、厳会員と清水会員の著作への授賞を決定した。翌17日の会員総会において一井昭選考委員長が選考結果を報告した。総会後授賞式がおこなわれ、代表幹事が両会員に賞状および副賞金一封を手渡した。

 授賞理由は以下のとおりである。

 厳会員の著作は、種々なる社会経済システムを成長体制と調整様式の結合体として考察するレギュラシオン理論を駆使して、従来未解明であった中国の経済発展と制度変化との関連を理論的・実証的に分析している点が注目される。とくに、本著作では、1990年代以降における中国の経済成長体制を「輸出主導型成長体制」と規定し、その構築にあたって「国家的調整」が重要な役割を果たしたことを明らかにしている。さらに、日本・韓国との拮抗的なダイナミクスを含めて、中国の経済成長が近隣アジア諸国に与えている影響について、理論的にはハーシュマンの均衡離脱的発展戦略論、制度的補完アプローチを踏まえ、実証面では累積的因果連関モデルと国際産業連関表を用いて詳細に分析している。この「国家的調整」は、市場的調整や制度的調整と同じく一つの調整様式ではあるが、中国において他の二つの調整の内容と変容を方向づけ、社会経済システム全体を主導するヒエラルキーの最上位に位置する、と厳会員は主張する。さらに、このような「国家的調整」とそれに基づく「輸出主導型成長体制」との結合が現下の「社会主義市場経済システム」の特質であるとし、近年の中国経済における高いパフォーマンスの原動力になっていると分析している。以上からもみられるように、本著作は、レギュラシオン理論の分析枠組みに依拠しつつ、中国経済の制度変化と経済発展を初めて本格的に分析した理論研究である。同時に、中国の輸出主導型成長がもたらしている国際的波及効果を、アジア国際産業連関表の細部門表を用いて、繊維、一般機械、電気機械、自動車などの各産業について詳細に分析しており、近年の中国経済研究では類書を超えた理論と実証の包括的結合をなしたところに、本著作の大きな学問的メリットが認められる。

 清水会員の著作は、マルクスの「商品の物神的性格」論、宇野弘蔵の「商品経済の物神崇拝的性格」論、および山口重克における物神性論的視角の位置づけ、などを詳細に検討することを通じて、商品の物神性が原理論=経済理論体系においてもつ意義を再確認した労作である。まず、本著作は、宇野『原理論』以降の価値概念の明確化による成果に立脚しつつも、宇野自身の物神性論の狭隘さを大きく超克する理論展開を試み、「物神性=操作不能性」等の理解を提示し、商品所有者の行動への規制力としての物神性の意義を明らかにしている。また、原理論体系冒頭の商品・価値規定の見直しを行い、商品流通や資本規定に関する理解を深化させている。さらに、『資本論』第三部、すなわち原理論の後半体系に位置する市場機構論において、物神性論的な視角の意義を示し、現代資本主義解明にも示唆的な市場機構の投機性等に新たな解釈を加えている。そもそも、マルクスの「商品の物神的性格」論は、『資本論』体系のなかでもきわめて独創的な箇所であるが、その独創性ゆえに、『資本論』体系におけるその意義を理解することはきわめて困難である。こうした学問状況にあって、本著作は、マルクスが展開した物神性論を特殊な理論領域を構成するものとして限定的に理解するのではなく、原理論および経済学研究において物神性論が有する広範な意義を提起している点で、マルクスの議論の可能性を拡大させる学問的意義をもつ。さらに、「黄金欲」、「まぼろしのような価値対象性」、「物Ding」、「物Sache」といった諸概念に傾注した考察と、市場機構論における物神性の意義の指摘は、物神性論、市場機構論における従来の議論に再解釈を迫っている点も、本著作のもう一つの意義といってよい。

経済理論学会代表幹事 八木紀一郎