第4回経済理論学会奨励賞

 今回の選考対象著作は、『季刊経済理論』掲載の17論文を含め合計19点であった。第4回経済理論学会奨励賞選考委員会は慎重審議の上、下記の2会員の著作が奨励賞を授けるにふさわしいと結論し、2013年10月4日に開催された本年度第2回幹事会に、選考経過と選定理由を付してその旨を具申した。幹事会はそれを承認し、沖公祐(おき・こうすけ)会と西洋(にし・ひろし)会員(50音順)に本学会奨励賞を授けることを決定した。この選考結果は、翌10月5日に開かれた会員総会で建部正義選考委員長によって公表され、総会後引き続きおこなわれた授賞式で、賞状と副賞が代表幹事から受賞者に手渡された。

・沖 公祐 会員の著作

『余剰の政治経済学』(日本経済評論社、2012年7月)

・西 洋 会員の著作

「VARモデルを用いた日本経済の所得分配と需要形成パターンについての実証分析」『季刊経済理論』第47巻第3号

「構造VARモデルによる日本経済の資本蓄積、所得分配、負債の動態分析―ポスト・ケインジアン・パースペクティブ」『季刊経済理論』第47巻第4号

「金融化と日本経済の資本蓄積パターンの決定要因―産業レベルに注目した実証分析」『季刊経済理論』第49巻第3号

 授賞理由は以下のとおりである。

 沖公祐会員の『余剰の政治経済学』(日本経済評論社、2012年7月)は「過剰としての市場と資本主義にとっての過剰」という二つの過剰性概念を中心に、「資本主義そのものを余剰を視軸として考察すること」、すなわち「余剰の政治経済学」の構築を試みた著作である。

 本書の意義は、以下の3点にまとめることができる。第1は、ロック、ヒューム、ステュアートからスミスに至る過程で見失われた余剰という視角を掘り起こし、この視角から市場を捉えなおした点である。スミス以来のこれまでの研究では、必要の交換を基礎とした上で、資本の運動の分析がなされてきた。本書では、その反対に、余剰の交換を起点に据えることによって、資本主義の特徴―「社会の外部で発生したという市場の来歴」、「市場と社会が本来的に異質のメカニズムである以上、市場が社会を完全に包摂することができない」―が明らかにされる。第2は、余剰の交換という視角から貨幣論研究に新しい光が当てられたことである。ここでは、貨幣諸機能間の相互関係が分析の対象とされ、流通手段の非素材性、貨幣の資産的性格が抽出される。付言するならば、前者は、「鋳貨論・価値章標論」という問題につながり、また、後者は、余剰の市場化と市場の資本化という問題につながる。第3は、「労働力商品の過剰性=外部化」という観点から、労働力商品の多型的構造を解き明かしたことである。つまり、「流通において発生した資本は、労働市場を介して労働過程と<再生産>過程を自らの運動によって労働力が資本に対してもつ本源的な外部性を消し去ることはできず」、全面的熟練と自立型労働市場、一面的熟練と相互依存型労働市場、不熟練と従属的労働市場といった労働力商品の多様な型を残存せざるをえないというわけである。

 ちなみに、第1と第2の論理が「過剰としての市場」という概念に、第3の論理が「資本主義にとっての過剰」という概念に、それぞれ照応している。

 以上のように、本書は、余剰ないし過剰という視角を基軸に「余剰の経済学」の構築を試みているという意味において、また、「労働力商品の過剰性=外部性」を前面に押し出しているという意味において、高い独創性を備えていると評価される。したがって結論として本書は、経済理論学会奨励賞の受賞に値するものと判断する。

 西洋会員の研究はポスト・ケインズ派理論(以下PK)にもとづき1980年代以降の日本経済の蓄積パターンを分析したものであり、受賞対象研究の一部がJournal of Post Keynesian Economics,2012,34(4)に掲載されているように、国際的に評価される水準に到達している。授賞対象の第1論文は、所得分配率、消費の伸び率、資本蓄積率、輸出の伸び率およびGDP伸び率から構成されるVARモデル(ベクトル自己回帰モデル)を作成し、1980年代以降の日本経済の需要形成パターンを分析し、利潤主導型成長であることを明らかにしている。第1論文の結果は先行研究の追認にとどまるものの、第2論文は金融要因を取り入れることにより新たな知見を得ている。PKの先行研究への理論的検討から、分配と成長の関係については賃金主導型と利潤主導型、金融と成長の関係については負債主導型と負債荷重型が存在しうることを示し、その上でどれが支配的になるかは実証的問題であるとし、構造VARによる検証を行った。これにより1992年〜2010年の日本経済が利潤主導型、負債荷重型であったことが明らかにされた。本論文は所得分配と負債を同時に扱った包括的な分析であり、PKにもとづく日本経済分析の新たな成果である。また、構造VARモデルの利用によりPK理論を実証的応用モデルへと手際よく展開している点でも高く評価できる。第3論文は分析をマクロレベルからさらに産業レベルへと深化させ、金融化が資本蓄積に与える影響を検討している。PKにもとづく日本経済の金融化の分析としては先駆的であり、パネルデータを利用した発見―日本経済の金融化の影響力の弱さ―は今後の実証研究の出発点となりうるであろう。これらの一連の論文は、日本経済をPKの国際的な実証研究の俎上に載せることを可能にしたものとして高く評価できる。また限られた紙幅の中でPKの先行研究を丁寧にフォローし、諸理論を簡潔に整理し、理論的整理から手際よく実証的課題を明確にした点でも、優れた論文である。

経済理論学会代表幹事:八木紀一郎 

第4回経済理論学会奨励賞選考委員会: 

岩田勝雄、小幡道昭、佐藤良一 

建部正義(委員長)、遠山弘徳、横内正雄