第7回経済理論学会奨励賞

 今回の選考対象著作は, 『季刊 経済理論』掲載の12論文を含め合計16点であった。第7回経済理論学会奨励賞選考委員会は慎重審議の上, 下記の会員の2著作が奨励賞に値するという結論に至り, 2016年10月14日に福島大学で開催された本年度第3回幹事会に, 選考経過と選定理由を付してその旨を報告した。幹事会はこれを承認し, 宮田惟史(これふみ)会員に本学会奨励賞を授与することに決定した。この選考結果は, 翌10月15日に開かれた会員総会で鈴木和雄選考委員長によって公表され, 総会後, 引き続きおこなわれた授賞式で, 賞状と副賞が河村哲二代表幹事から受賞者に手渡された。

 宮田惟史会員の著作

  1. 「『資本論』第3部第3篇草稿の課題と意義」, 『季刊 経済理論』(第51巻2号、2014年7月)

  2. 「マルクス信用論の課題と展開 ----『資本論』第3部第5篇草稿に拠って----」, (『季刊 経済理論』第52巻第3号、2015年10月)

  選定理由

 受賞論文2点は、MEGA第Ⅱ部門の第4巻第2分冊(『資本論』第3部第1草稿)の研究である。宮田会員は、利潤率低下論と信用論の草稿の検討を通じて利潤率低下論の基本論理を確定し、信用論の本来的課題を明確にしようと試みている。宮田会員の研究によって、利潤率低下論と信用論におけるマルクスの基本的意図が明らかにされただけでなく、両者の論理的関連という従来あまり考慮されなかった問題も研究課題として提起されたといえる。これらは『資本論』草稿研究という地道な研究を通してのみ引き出すことのできた新たな研究成果と評価することができる。以上の理由から、選考委員会は、宮田会員の研究成果を奨励賞に値すると判断した。

 第1論文は、第3部3篇草稿を現行版と比較対照しつつ、利潤率の傾向的低下法則と恐慌との関連を考察している。これによって第1に、草稿における恐慌の記述があくまで利潤率の傾向的低下法則という主題のもとでの考察であること、第2に、「法則の内的諸矛盾の展開, が諸資本の競争戦、労賃上昇、商品の過剰生産として発現し、これらが恐慌を現実化させる諸契機と位置づけられていること、が明らかにされる。第1点は、草稿では恐慌が、利潤率・量を低下させる契機とそれらを上昇させる契機との対立的矛盾の累積過程として把握されているという主張に連なってゆく。ここから、第15章では利潤率低下論から独立した恐慌論が展開されているという従来の理解が批判される。第2点からは、資本の絶対的過剰生産を否定する商品過剰論と、労賃上昇にだけ恐慌の原因を求める資本過剰論が同時に批判され、また資本過剰と商品過剰とが因果関係や対立関係にあるのではなく利潤率の傾向的低下法則から生じる同時的事態である、と主張される。

 第2論文は、信用論の主題と理論内容の確定を試みたものである。その功績は2つある。第1は、草稿の検討によって、信用論における貨幣資本の過多現象が利潤率低下から生じる競争戦を促進し、資本の絶対的過剰生産を現実化する契機であるとして、第3部3篇の利潤率の傾向的低下法則と第5篇後半部(信用論)とが有機的な論理的関連にあることを明らかにした点である。第2に、第5篇後半部の主題が信用制度の分析ではなく、信用制度のもとで運動する貨幣資本monied capitalの解明にあるという大谷禎之介の主張を受けて、貨幣資本の運動を具体的に明らかにしたことである。第1点は、利潤率低下が貨幣資本の過多をうみ、それが投機、信用思惑、恐慌を促進するという第3篇草稿と第5篇草稿との論理的関連があるにもかかわらず、従来の研究は、貨幣資本の過多をうむ現実資本の蓄積の基礎にある利潤率の傾向的低下法則を見逃してきた、という批判へと展開される。第2点については、草稿研究を通じて産業循環の諸局面における貨幣資本と現実資本の蓄積の区別と関連が追究され、恐慌期の貨幣資本の役割と銀行信用の限界とがマルクス信用論の独自性として確認される。第2論文の意義は以上の点にある。

 もとより宮田会員の以上の研究業績にも多くの課題が残されている。たとえば、宮田会員の主張するように第3篇第15章の記述が利潤率低下法則から発現してくる恐慌の記述であるとしても、その低下法則を資本構成高度化から直接導くことができるかどうかという問題、あるいは『資本論』では計画外の範囲とされているにしても、本来の信用制度や恐慌論をどう扱うべきかという問題など、総じて草稿研究の成果をいかに理論構築の作業に生かしていくかという問題について、不明な点を残している。これらについては今後の研究に期待したい。

経済理論学会代表幹事:河村哲二

第7回経済理論学会奨励賞選考委員会:

足立眞理子, 池田毅, 河村哲二, 小西一雄, 佐々木啓明, 鈴木和雄(委員長)